世界中のあらゆるWebサイトが誕生するとき、必ずと言っていいほど最初に吐き出される呪文がある。
「Hello world!
WordPress へようこそ。こちらは最初の投稿です。編集または削除し、コンテンツ作成を始めてください。」
私はこの文章を見るたびに、胸の奥がキュッと締め付けられるような、奇妙な居心地の悪さを覚える。
これを私は勝手に「初期配置テキストの亡霊現象」と呼んでいる。
家を建てた瞬間に、頼んでもいないのにリビングの真ん中に「ここに好きな家具を置いて生活を始めてください」と書かれたダンボール箱が鎮座しているようなものだ。親切の皮をかぶった強烈なプレッシャーである。
システム側は「さあ、お前の自由だ! 世界に向けて叫べ!」と促しているつもりなのだろうが、こちらは「いや、まだ引っ越しの荷解きも終わってないんですが……」と立ちすくむしかない。
「編集または削除し」という選択肢の突きつけ方も冷徹だ。
残すか、消すか、塗り替えるか。まるで神が人間に「生きるか、死ぬか、それとも別の何者かになるか選べ」と迫っているような凄みがある。
…と、ここまで大げさに深読みしておいてなんだが、先週の私は「WordPressの初期設定なんてただのプログラムの初期値(デフォルト)であり、そこに感情を見出すのは単なる情緒過多のバカである」と友人に言い放っていた。
もちろん、その時の私と今の私は別の銀河に住んでいるので、過去の発言に縛られる筋合いはない。人間、キーボードを叩くたびに前世の記憶をリセットして生きるくらいがちょうどいいのだ。
ところで、この「Hello world!」という呼びかけについて考えてみたい。
世界に向けて「こんにちは」と言うのは、赤ん坊が産声をあげるのに似ている。赤ん坊は「これから立派な大人になって社会貢献します!」と宣言して泣くわけではない。ただ肺に空気が入ったから「ぎゃー」と叫んでいるだけだ。
なのに大人は、ブログを作った途端に「有益な情報を発信しなければ」「誰かの役に立つコンテンツを作らなければ」と肩に力を入れ始める。
昨日、近所のスーパーで買ったバナナの皮を剥いていたら、皮の内側にある白い筋がやたらと綺麗に取れた。あの筋には「師管」とか「道管」みたいな立派な名前があるらしいが、私にとってはただの「バナナの邪魔なヒモ」である。
世の中の「有益な情報」の半分くらいは、このバナナのヒモと同じで、あってもなくても宇宙の運行には何の影響もない。
何の話だったか。
そう、「Hello world!」だ。
結局のところ、最初の投稿なんて「編集」も「削除」もせず、そのまま放置しておくのが一番風流なのかもしれない。「私はここに家を建てましたが、特に世界に言いたいことはありませんでした」という記念碑として、サーバーの片隅に永遠に漂わせておくのだ。
…うーん、でもサーバー代を月々1000円払って「Hello world!」だけを飾り続けるのは、さすがに経済的にアホすぎるか。
さっきから画面のカーソルが点滅している。
何か高尚な思想を書こうとしたけれど、思い浮かんだのは「今日の昼に食べたラーメンの汁が服に飛んだ」ということだけだった。
世界よ、こんにちは。
こんなのでいいのか?
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